2014年6月23日月曜日

サッカーワールドカップ

サッカーに関しては(も?)詳しくはないのであるが、一言。
世の中、サッカーの話題で持ちきりで、スポンサーで成り立っている民法はともかく、NHK:のニュースをみてても、どうしたん?ってぐらいなのであるが…

ところで、先日日本はギリシャと引き分けた(スコアレスドローというそうな)。で日本は攻め切れなかったとか何とか…けど、冷静に考えれば、FIFAランキングから考えれば(そのランキングがどの程度の精度かは知らないが…、少なくとも本大会の主催者のランキングなんだから、それなりのものなんでしょう)、良く守ったという話にはならないのですかね。そして、グループCの中で、ランキング最下位の中で、よくぞ勝ち点を上げられたという話にはならないのですかね。

次のコロンビア戦の結果はどうあれ、この2戦だけみても、3戦まで決勝トーナメントの可能性を残しただけでも、日本よくがんばったと思うのですが…だって、始めから言っていたじゃないですか、「世界にサプライズを起こすと」「サプライズ」ですよ。ですから、負けて普通ってことじゃないですか。

けど、1次リーグ敗退ってことになると、結局は今の論調からすれば、監督の責任ってことになって、替えられるのでしょう。どう見ても、選手個々の力、そして、日本のサッカー環境の差だとは思うのですがね。

で、日本中がワールドカップで浮かれている中で、自民党政権は着実に右傾化の政策をすすめている。これでは、まるで、国力から考えても100%勝ち目のないアメリカに、世論を誘導しながら、向かっていった、太平洋戦争のようで…なんて考えると、考えすぎですかね。

これは、新聞でも論じられていたことであるが、大きなスポーツイベントを通じてナショナリズムが高揚することはいいことであるが、マスコミがそれに乗り過ぎるのもいかがなものかと。それでは、戦前のファシズムへの道を歩んでいるようで恐ろしい。

ところで、中には合格もできないような志望校をでっち上げて、「夢を大きく」を大義名分にして、スポンサー(親)から多額の出費を引き出し、失敗しても責任をとるでもなく、本人の責に帰するという塾もあるが、まさしく今のワールドカップの動きである。


しょうもない話 その22


学校の課題

学校の課題が多くて、塾に通ってられない。という理由で塾をやめる生徒も少なくはない。
また、学校も課題をしっかりやっていれば、受験まで大丈夫。塾へ通う必要もない。
これらの話、いたって正論で、反論のしようもない。
ただ、課題もしっかりやっているのに、それでも受験で思うような結果を残せない生徒が少なからず存在するのも事実である。

課題をただ「こなす」だけではだめなのである。
たとえば、ある問題集を課題に出されると、まずは自分で解こうとするのだが、ほとんどわからないのか、あまり考えもせず、赤ペンで解答を写し始める。そして、ともかくも指定のページまで写し終えたら、それで提出。で、テスト前にその解答を「ながめて」復習完了。で、テストでは赤点…

まえにも書いたのだが、課題が単なる「作業」になっているのである。課題が多すぎて、時間がないのか、それとも勉強に割く時間が少ないのかはわからないが、ともかく時間がないからと言う。
しかし、課題を作業にするほど時間がもったいないということがわかっていないのである。

時間がないからこそ、じっくりやって一つ一つ自分のものにして、できたところまで課題を提出したらどうであろうか。それで、しっかり定期テストで結果を出せば、学校の先生だって文句も言うまい。(いや、逆に嫌われるかな?)無論、そんな勇気のある生徒はいないのであるが…

2014年6月9日月曜日

計算ミス撲滅運動 その4

 生徒がある問題を解いているのをみていて、途中の計算ミスを指摘すると、あわてて最初から消しゴムで消そうとする。私の方は、「待て待て」と止めて、ミスを探させるのであるが、いかにも生徒は不満そうな顔をする。確かに、ミスを見つけられるのは、それはそれで不愉快だろうし、ましてや、ミスを見つけることほど、時間がかかることはない。その気持ちはわからないでもない。しかし、この作業を乗り越えない限り、計算ミスはなくならない。結構、同じようなミスを繰り返すことが多いのである。それに気づくことが、ミスをなくすことの第一歩なのである。

 もちろん、テスト本番で時間がないときは、もう一度やり直すことが効果的なのであるが・・・

2014年6月2日月曜日

計算ミス撲滅運動 その3

これは、かなり以前から指導していることの一つであるが、
ノートで問題演習をしているとき、問題の途中で、ページが移り、ノートの1ページを裏表しながら、解いて、見事に計算ミスを犯す生徒がいる。
ページをまたぐことにより、思考が途切れると同時に、裏のページへいくときに、写し間違えが起きて、計算ミスをするようである。
これは、几帳面な生徒に多い。ノートをきっちり使うあまり、余白を空けておけないのであろう。

ノート使い方をみれば、数学ができるかどうか、一目瞭然である。こういう指導は特に高校1年のときに重要で、少人数指導の志向館だからこそ、できる指導であろう。固定的な映像授業や学生バイトに高校生の指導を頼っているような塾では、とうてい期待できないような指導である。