2018年9月23日日曜日

白鳳41回目の優勝

朝日新聞の記事より
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横綱の身近な関係者に聞いたことがある。「特別な秘密があるのか」と。だが、返ってきた答えは「当たり前のことをやっているだけ。ただ、基本が一番きつい。横綱にはそれを続ける意志の強さがある」。
まわしを着けると、胸を合わす稽古量こそ減ってきたが、とにかくじっくりとしたシコとすり足、てっぽうでたっぷりと汗をかく。角界にもジムで鍛える力士は増えているが、白鳳は伝統的な稽古の基本を大事にしている。

基本は大切であるが、それを身につけるには不断の努力が必要である。
勉強にもそのまま通じる話でもある。



2018年9月3日月曜日

『橋本式国語勉強法』(橋本武 箸、岩波ジュニア新書)

「何が秀才であり凡才なのでしょうか。私は、自分に忠実な生き方のできる人が秀才であり、自分を粗末に扱う人が凡才だと思っています。人間には、なんといっても能力において大なり小なり差のあることは認めざるを得ません。ところが、生まれつきの能力の高さに安心して、努力なしに、たとえば学業成績を上げていても、それはその時だけのもので、長い人生を支える力にならないはずです。これは親譲りの財産の売り食いのようなもので、必ず支えの尽きる時がきます。」
「学業成績はビリの方でも、それが自分の最善の努力によるものなら、その人は、その時自分の置かれた立場において、最善の努力を払うことができるでしょう。人間、普通の能力のさえもっておれば、この努力によって自分を高めていくことができます。学業において効果の上がらなかった努力も、会社経営に素晴らしい効果を上げることができるかもしれません。」
「ですから、学業成績が良くても悪くても、安心もできなければ悲観するにも当たりません。自分を高めるための努力を忘れさえしなければ、あなたの前途は洋々として期して待つべきものがあるでしょう。」

50年にわたり、かの灘高校で教鞭をとられていた著者の言葉だけに重い。

最近、自らの仕事に無力感を感じていたが、力をもらった。少なくとも、ここでいう「努力」のサポート役に徹したいと思う。

2018年8月27日月曜日

出来ないことに向き合う

志向館では夏期講習も終わり、大学受験生にとっては前半戦の山場である第2回全統マーク模試も終了した。

で、いつものことながら生徒から聞こえてくる声は、
「前より下がった」もしくは「前より上がった」
「前」っていつのこと?

「夏休みこんなに勉強したのに出来なかった」
「もう勉強しても、無理!他の科目勉強する」とか何とか…

模試で出来なかったことに出会えるのは、点数アップのチャンスであることがわかってない人が多い。
悲観するより、もっと冷静に分析して次の模試で取れるように努力してもらいたい。
苦手である科目もしくは分野は人より勉強していない部分。そりゃ、一朝一夕で上がるものではない。

出来ないことに真摯に向き合って、努力を続ければ必ず出来るようになるし、それしか点数アップの方法はない。

9月からもがんばれ、志向館生!

2018年7月19日木曜日

作図の問題

昨日、とある作図問題を中学生から質問を受け、その場で分からず、待ってもらった。
寝ながら、運転しながら、考えて、今ようやくわかった。おそっ…

もともと、大した能力もないのだが、加齢にともなって、脳の衰えを実感する瞬間である。

特に作図は年寄りには厳しい。😢

2018年7月16日月曜日

若冲と光遙

今日、世間一般の連休の最終日、石川県立美術館で表記の展示を見てきました。
連休中とあって、朝一番で行ったにもかかわらず、駐車場は満杯、入口に長蛇の列。
やはり、若冲の関心の高さを思い知らされました。

入場してみて、思ったのは、入場者の平均年齢の高さ。

それに比較して、近隣の本多の森ホールでは若者が何かのライブらしく、長蛇の列。

若い人にこそ、若冲見て欲しいだけどなあ。

追伸
その日、塾にきた高校生がこの会場で販売していたTシャツを着ていた。
びっくり、高校生も見に来てるやん。

2018年6月16日土曜日

数学の勉強方法

ネットで「数学 勉強方法、大学受験」と検索すると、出るわ出るわ。

一昔前なら、本屋に参考書コーナーで時間をかけて吟味したものであるが、今や自宅にいながら、どころかどこでも調べることができる。

何を今さらという話である。

ところが、調べれば調べるほど、あまりに多くて絞りきれない。場合によっては正反対のことを言っていることもある。

いずれの場合も、それを書いた人の成功体験だから、その人と同じ条件で同じことをすれば成功するのだろうが、その「同じ条件」ということまで記述していることはまずない。

で、自分に都合のいい方法を選ぶこととなる。
そうすると、大抵の場合、方法としては易きに流れ、問題集としては高い方に流される。
つまり、こういう感じであろうか。
青チャート 数学IA1 青チャートの例題を最初からする。その際にわからなければ、すぐに解答をみて、写す。(場合によっては読むのみ)
2 本来はこれを繰り返し、わからない問題がなくなるまで繰り返すと言っているはずなのだが、青チャートをⅠAⅡBまでするだけで、かなり時間が経過しており、ついあせってしまい、次の問題集に入ろうとする。
3 この段階で、模試を何度か受けていて、必ずしも結果が出ていないのであるが、「ケアレスミス」のせいにしたり、全部青チャート終われば結果がでると思って、効果がでていないことに気づかない。
4 過去問する前の最後の演習として、例えば「理系数学の良問プラチカ」等に取り組み始める。ところが、ここで基礎力が備わっていないと解説を読んでも、よくわからない。そこで、質問をするのであるが、これがずれた質問が多い。そんなことも知らなくてこの問題集やっても意味ないでしょ。あるいは、そんな高度なことを覚える前にやることあるでしょ。という言葉はぐっと飲み込んで、質問対応をする。

これじゃあ数学はできるようにはならないでしょう。
じゃあどうすればよいのか。

長くなりましたので、次の機会に…

2018年6月8日金曜日

高校の名物先生

どこの高校にも、一人ぐらいはこんな先生がいるのではなかろうか。

「怒り」の画像検索結果とても厳しくて、生徒にとっては怖い。けれど授業はわかりやすいし、言う通りしていればその科目の成績は上がるし、その先生の受け持ちのクラスは他のクラスよりその科目の平均点は高い。そして、後から思えばいい先生ということになる。

これぞ、ザ・プロ教師。
高校がこんな先生ばかりだと、われわれ塾は不要になってしまう。

生徒にとっては、怖いから宿題はするし、予習もするし、授業も寝ずにしっかり聴く。まさにその先生の思う壺なのであろう。

ただ、これが数学の先生だと、ほとんどの高校でほとんどの高校で2人の先生で数学を受け持っており、「厳しくない」ほうの先生の宿題はさぼりがちになり、予習もあまりしなくて、したがって、授業もよく聴かないという悪循環になってしまう。そうすると、受験生になって、復習しようとすると、穴があったりする。これは○○先生のときだから、仕方がないと責任転嫁する。

数学の先生以外でも、その「厳しい」先生の膨大な課題をこなすために、他の科目の勉強ができないという現象が少なくはない。

要はバランスの問題というか、生徒がもっと勉強時間を増やせばいいだけの話である。

それよりも何よりも、常々言っていることであるが、先生のために、学校のために宿題を「こなす」のではなく、自分のための宿題に取り組めばいいのであるが…
もちろん理想論であるが…